[AI導入しよう!と社長は言いますが…]

勤続20年、会社に貢献したエンジニア「先生」と呼ばれる男がいた…
古洲久(フルスク:仮名)社内で「先生」と呼ばれる男。勤続20年。
かつては、誰も解決できないトラブルを何度も鎮めてきた、伝説のエンジニアだった。

古洲久が現場の最前線にいた頃、社員たちは彼の背中を追いかけていた。
障害が起きれば古洲久を呼ぶ。
判断に迷えば古洲久に聞く。
彼(先生)は、会社にとってなくてはならない存在だった。
それから時がたちエンジニア統括部長になったフルスク。

それから数年。
古洲久は統括部長となり、現場でコードを書く機会は減っていった。
現在の仕事は、技術レビューや会議、若手への助言。
それでも社内では、以前と変わらず「先生」と呼ばれている。
だが、その呼び名の奥には、少しずつ変化が生まれていた。
社長は結構トップダウンで「AI入れよう!」と…

そんなある日、社長がAI導入を言い出した。
若手社員たちは、新しい道具に期待していた。
仕事を効率化し、これまで時間のかかっていた作業を減らせるかもしれない。
しかし、古洲久の表情だけは晴れなかった。

古洲久が挙げた懸念は、どれも間違いではなかったし、彼自身AIを全く知らない感じでもなかった。
むしろよく勉強しているようにも思えた。
情報漏えい。
著作権。
品質管理。
セキュリティ。
AIは便利な一方で、使い方を誤れば新たな問題を生む。
だからこそ、古洲久は慎重だった。
ただし、彼自身もまだ気づいていなかった。
その慎重さの奥に、別の不安が隠れていることに。
若手エンジニアはどんどんAIを活用していきます。

スーパーエンジニア課長は、AIを無条件に信じていたわけではない。
だからこそ、ルールを決め、範囲を限定し、安全に試すことを提案した。
しかし、会社が一歩も動かないまま時間だけが過ぎていけば、若いエンジニアたちは未来への不安を抱えてしまう。

会社にとっては、ひとりの課長が退職しただけだった。
しかし、その背中を見ていた若手たちは考え始めた。
この会社に残り続けることが、自分の成長につながるのだろうか。
AIを使わないことが、本当に安全なのだろうか。
在籍中でも転職サイトを見ているエンジニアは意外と多い…

その夜、古洲久はひとりで求人情報を眺めていた。
条件の画面に並ぶのは、AI、クラウド、LLM、最新フレームワークという言葉。
かつて自分が誰よりも詳しかった世界に、いつの日か知らない言葉が増えている。
古洲久は、会社の中では今も「先生」だった。
では、会社の外に出たとき、自分には何が残っているのだろう。
AIの「導入」はできても「定着」まで至らない企業は少なくない。

社長から相談を受けたケイコちゃんたちは、古洲久を単純なAI反対派とは考えなかった。
彼が守ろうとしていたのは、会社の安全だけではない。彼の「先生」と呼ばれてきたアイデンティティ。
20年間かけて築いてきた、自分自身の価値。そして、社員から必要とされる立場だった。

- 社員から頼られなくなったらどうしよう?
- 20年も在籍していた会社から出てキャリアアップする自信がない。
- 統括部長になったがこれ以上の昇格はないだろう。他社で同じかそれ以上の待遇は難しい。
- 家のローンや家族の養育費がかかるので、冒険できない。
- 同期だった社員はほとんど退職して、キャリアアップや起業している者もいるが、リスクは避けたい。
エンジニア職ではあるが、役割を変更してAIを導入することに。
必要なのは、古洲久を外すことではなかった。
これまでの経験を、AI時代に合った形で活かすこと。
自分ですべてを作る専門家から、AIと人間の成果を見極める専門家へ。
古洲久の20年は、AIによって消えるのではない。
むしろ、AIを正しく使うために必要な経験へと変わろうとしていた。

AIは、答えを出してくれる。
しかし、その答えを本当に使ってよいのか。
誰にとって安全なのか。
現場で役に立つのか。
そこを判断するには、知識だけでなく、経験と責任感が必要になる。
古洲久は、ようやく新しい時代の「先生」になり始めていた。

